決議文・意見書・会長声明

裁量権を逸脱・濫用して行われた生活保護基準引下げの見直しを求める会長声明

2021.03.25

  1.  大阪地方裁判所は,本年2月22日,大阪府内の生活保護利用者らが,2013年8月から3回に分けて国が実施した生活保護基準の引下げ(以下「本引下げ」という。)は生存権を保障した憲法25条に反するなどとして,保護費を減額した決定の取消しなどを求めた訴訟において,厚生労働大臣の判断には「最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続に過誤,欠落があり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある」として,保護費の減額決定を取り消す判決を言い渡した(以下「大阪地裁判決」という。)。
  2.  国は,生活保護世帯においては,2008年から2011年にかけて,4.78%の物価下落が認められ,その分,生活保護世帯の可処分所得は実質的に増加していることを根拠として生活扶助基準を4.78%引下げた。この引下げは,「デフレ調整」と呼ばれ,訴訟においては,「デフレ調整」が厚生労働大臣の裁量権の範囲内といえるか否かが最も大きな争点となっていた。
  3.  この点,国は,生活保護世帯における物価変動を測定するために厚生労働大臣が独自に作成した「生活扶助相当CPI」によれば,2008年から2011年にかけて,4.78%の物価下落が認められたと主張していた。
     しかし,大阪地裁判決は,生活保護世帯がデフレの影響により消費水準を減少させる程度を算出するために,生活保護世帯の消費実態に沿わない生活扶助相当CPIを用いることは合理性が乏しいと断定し,国の主張を排斥した。
     また,同判決は,総務省が作成し公表している一般的世帯の消費構造を基礎とした消費者物価指数(以下「総務省CPI」という。)では,2008年から2011年にかけては2.35%の物価下落率であることを指摘した上,国が「生活扶助相当CPI」を根拠に主張している4.78%という物価下落率は,総務省CPIによる物価下落率と比べて著しく大きくなっていると指摘した。その上で,同判決は,総務省CPIによる物価下落率と比べて著しく大きな物価下落率を用いて生活扶助基準を改定するという判断は,一般的世帯の消費構造よりも生活保護世帯の消費構造の方が物価下落による実質的な可処分所得の増加という影響を強く受けていることを前提とするものであるが,本件全証拠によっても,これを裏付ける統計や専門家が作成した資料等があるという事実はうかがわれないと断じた。
  4.  そして,大阪地裁判決は,生活扶助相当CPIによる物価下落率が総務省CPIよる物価下落率よりも著しく大きくなった要因として,主として,次の①から⑤の点を指摘している。
    ① テレビ,ビデオレコーダー,パソコン等の「教養娯楽用耐久財」の物価は大幅に下落している。
    ② 総務省CPIの算出の基礎とされる一般的世帯の「教養娯楽」への支出額割合(ウエイト)は11.45%である。
    ③ 生活保護世帯を対象とした「社会保障生計調査」によれば生活保護世帯の「教養娯楽」への支出額割合(ウエイト)は5.66%となっており,一般的世帯の支出額割合(ウエイト)よりも相当低い上,生活保護世帯がテレビ,ビデオレコーダー,パソコン等の教養娯楽用耐久財を頻繁に購入するとは考え難い。
    ④ 生活扶助相当CPIは,生活保護世帯の支出額割合(ウエイト)を用いて作成されたものではなく,生活保護世帯において支出することが想定されていない品目等一定の品目を除いた上,総務省CPIの算出の基礎とされる一般的世帯の支出額割合(ウエイト)をそのまま用いて作成されている。
    ⑤ そのため,生活扶助相当CPIにおいては,生活保護世帯においては一般的世帯よりも支出割合が相当低いことがうかがわれる教養娯楽に属する品目についての物価下落の影響が増幅されている。
  5.  さらに,大阪地裁判決は,厚生労働大臣が,「生活扶助相当CPI」の起点を2008年とした点についても,2008年は世界的な原油価格や穀物価格の高騰を受けて,石油製品を始め,多くの食料品目の物価が上昇したことにより総務省CPIが11年ぶりに1%を超える上昇となった年であり,2008年を起点とすれば,2008年における特異な物価上昇が織り込まれて物価下落率が大きくなることは明らかと断定した上,国の主張を踏まえても,2008年を起点とすべき理由はない旨断定した。
  6.  これらの点を踏まえ,大阪地裁判決は,結論として,2008年を起点として物価下落を考慮し,総務省CPIの物価下落率よりも著しく大きい物価下落率を基に生活扶助基準の改定率を設定した点において,統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠いているとした上で,最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続に過誤,欠落があり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるから,本引下げは,生活保護法3条,8条2項の規定に違反し,違法であると断じた。
  7.  大阪地裁判決は,本引下げが統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠いた恣意的な引下げであったことを的確に指摘しており,高く評価できる。
     当会は,かねてより,本引下げについて「合理的根拠もなしに,単に財政的見地から「初めに引下げありき」という姿勢で一方的に決せられたものであって,到底許されるべきものではない。」として強く反対していた(2013(平成25)年4月24日「生活保護基準の引下げに強く反対する会長声明」)。
     本引下げについては,大阪地方裁判所のほかにも,富山地方裁判所を含む全国27の地方裁判所と1つの高等裁判所で,合わせて1000名近くが保護変更決定処分の取消等を求めている。また,新型コロナウイルス感染症の影響が長期化し,生活に困窮する方々が増え続けている中,生活保護制度の重要性が再認識され,市民の関心も高まっている。
     当会は,大阪地裁判決を踏まえ,政府に対し,早急に本引下げを見直し,適切な生活保護基準とするよう求めるとともに,生活保護制度の改善と充実に積極的に取り組む決意を改めて表明する。

以 上

2021(令和3)年3月24日

富山県弁護士会 会 長 西 川 浩 夫