決議文・意見書・会長声明

少年法の適用年齢引下げに反対する会長声明

2015.09.03

  1.  2015(平成27)年6月17日、選挙権年齢を18歳以上に引き下げる「公職選挙法等の一部を改正する法律」が成立し、同法の附則は、「民法、少年法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」としている。これを受けて、自由民主党は、「成年年齢に関する特命委員会」を設置し、選挙権年齢に合わせる形で各法令の適用対象年齢を20歳未満から18歳未満へと引き下げることを検討しているが、少年法については、近年凶悪な少年犯罪が増加しているとの現状認識のもと、犯罪抑止の観点から引下げに積極的な意見が多数出されているとのことである。
     しかし、当会は、以下のとおり、少年法の適用対象年齢の引下げに強く反対する。
  2.  少年法は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講じることを目的としている。少年の非行は、虐待やいじめ、不適切な養育環境等によって健全な成長発達を阻害された結果であることが多い。そこで、少年の非行を防止するには、成人と同様の刑事手続に従って処罰するのではなく、教育主義によること、すなわち、少年の可塑性・未熟性に着目し、少年への教育的な働きかけやその環境の調整を行うことにより少年の健全な成長を図ることこそ必要であり、かつ効果的であると考えられている。この教育主義のもと、少年司法手続においては、不起訴処分というものが存在せず、全件が家庭裁判所に送致される。家庭裁判所においては、必要により調査官による医学、心理学、社会学等の知識を活用した社会調査が行われ、また、場合によっては、少年鑑別所における資質鑑別がなされ、こうした調査・鑑別の結果に基づき、個々の少年の健全育成に適した保護処分が決定され、個別的な指導、教育処遇が確保されてきた。
     現在の我が国の若年者については、経済的自立が遅れており、精神的・社会的に未熟な者が増加しているとの指摘が多い。18歳、19歳の非行少年も内面は未発達であり、環境その他の外部的条件の影響を受けやすいことは18歳未満の少年と径庭はない。それ故、非行を少年自身の責任として処罰することよりも、むしろ保護処分により個別的な指導、教育処遇を与え、社会内で自立した生活を送れるように導くことが、少年本人のみならず社会にとっても利益となっている。
  3.  これに対して、少年法の適用年齢引下げに賛成する者は、近年凶悪な少年犯罪が増加していると主張する。
     しかし、実際のところは、刑法犯で検挙された少年の員数は2004(平成16)年に13万4847人を数えて以降、減少の一途をたどり、2013(平成25)年には5万6469人となり、また、殺人・強盗・放火・強姦といった凶悪犯罪で検挙された少年の員数に限ってみれば、2004(平成16)年に1584人を数えたものが、2013(平成25)年には786人にまで減少している。このように少年による犯罪は増加・凶悪化とはまさに正反対の状況にあり、過去10年にわたって著しく減少しているといってよく、少年犯罪の増加・凶悪化を示す客観的なデータは存しない。
  4.  少年法の適用年齢引下げが実現したならどうなるか。
     2014(平成26)年時点で、18歳、19歳の少年は全少年被疑者のうち約43.5%を占めている。現在は、これらの者は、成人であれば起訴猶予や罰金、執行猶予等の社会内処遇に付されるような事件であっても、ほとんどが保護観察処分や少年院送致がなされ、立ち直るための指導、教育処遇を受けることができる。ところが、少年法の適用年齢引下げが実現したなら、成人と同様の手続で処理されることとなるが、成人の被疑者についての起訴猶予率は現状では68.6%にも及んでいるのであり、半数以上は起訴猶予となって、再犯防止に向けた処分を何ら受けないまま社会に戻されることとなる。
     こうして、少年法の適用年齢引下げは多数の少年から更生の機会を奪い、少年の再犯のリスクを高めることになるのであって、引下げ賛成論者が想定するところとは反対の結果をもたらすことになろう。
  5.  我が国においては、1948(昭和23)年に現行少年法が制定された際、今般の議論とは逆に、適用年齢を18歳未満から20歳未満に引き上げた経緯がある。戦後の混乱が未だ収まらず、若年犯罪者の増加と悪質化が顕著となっていた状況においても、20歳未満の非行少年には刑罰よりも保護処分に付すべきだとされたのである。
     それ以来、今日に至るまで70年近い間、現行少年法のもと、多くの非行少年の更生が実現されてきた。18歳、19歳の非行少年が少年院に送致され、矯正教育を受けたにもかわらず、退院後、再び凶悪な犯罪を行ったケースは、もとより少なくない。しかし、それらの少年が少年院に収容されず刑務所で服役していたなら凶悪な犯罪の再発を防止できたといえるわけではない。少年院での矯正教育が不十分だったのであり、今後も求められる施策は、更なる矯正教育の充実とそれを可能とする態勢作りであって、少年法の適用年齢を引き下げることではない。
  6.  よって、少年法の「成人」年齢は現行どおり20歳を維持するべきであり、当会は、同法適用年齢の引下げに強く反対する。

  2015(平成27)年9月3日

富山県弁護士会 会長 水谷 敏彦