決議文・意見書・会長声明
商業登記規則等の一部を改正する省令における代表取締役等の住所非表示措置に関し、弁護士による職務上請求制度の創設等を求める会長声明
2024.10.01
- 省令改正について
本年4月16日、商業登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第28号、以下「本省令」という。)が公布された。
本省令は、一定の要件を満たした場合には、株式会社の代表取締役、代表執行役又は代表清算人(以下「代表取締役等」という。)の住所の一部について、申出により、登記事項証明書や登記事項要約書、登記情報提供サービスに表示しないこととする措置を定めたものである。 - 本省令の問題点等について
本省令の趣旨は、代表取締役等のプライバシーを保護することにある。
ただ、以下で述べるとおり、本省令によると、特に、詐欺商法の被害者等に過大な負担を課し、あるいは迅速な権利救済がはかれなくなってしまうという問題がある。- 商業登記における代表取締役等の住所は、会社に事務所や営業所がない場合の普通裁判籍を決する基準であったり、本店所在地への送達が不能となった場合の送達場所となったりするほか、代表取締役等に対する損害賠償請求等の責任追及を行う場合の当事者の特定や書類の送付に必要な情報である。
そして、特に、会社を悪用した詐欺商法を含む消費者被害の救済の場面では、代表取締役等の住所が、当該会社の責任追及と代表取締役等個人の責任追及のいずれにおいても重要な役割を果たすことになる。 - ところが、本省令では、特に、このような消費者被害救済の場面において代表取締役等の住所の果たす役割の重要性について、十分な考慮がされていない。
昨今、多くの報道もなされているところであるが、いわゆる国際ロマンス詐欺やSNS投資詐欺等の詐欺商法が多数発生して社会問題化している。
そして、そうした詐欺商法において、被害金の振込先に会社名義の預金口座等が多数悪用されている状況にある。
会社名義の預金口座等が悪用される方法により被害が発生した場合、会社に事業所や営業所がなく、あるいは実体がないなどの事情により、会社の本店や営業所等への書類の送付ができないことや、さらには、会社財産からの被害回復が困難であることが少なくない。
そのため、被害者は、代表取締役等への送達や役員責任追及、保全や消滅時効との関係で、迅速に、代表取締役等の住所を把握する必要がある。 - この点、本省令のもとで、非表示の措置がとられた代表取締役等の住所を把握するためには、「利害関係がある者」として登記簿の附属書類を閲覧する必要がある。
もっとも、この手続による場合、被害者ないしその代理人は、利害関係を疎明する資料をもって、管轄法務局の窓口まで赴くか、ウェブ会議システムを利用した閲覧請求(商業登記規則第32条第2項)をしなければならない。
窓口に赴く方法は、被害者の住所から管轄法務局が遠方に所在する場合には、被害者に対し大きな経済的負担や時間的な負担を課すこととなる。
ウェブ会議システムを利用する方法も、請求人が、窓口又は郵送で、所定の方式により登記申請書の閲覧請求を行った後、登記官が、これを相当かつ正当な理由があると判断した場合に、請求人に連絡して日程調整を行い、実際の閲覧手続に進むというものである。実際の閲覧に至るまで相当の時間を要すると考えられる上、土日祝日夜間における閲覧の機会は確保されないため、迅速な閲覧は不可能である。 - なお、本省令においても、当該株式会社の本店がその所在場所に実在すると認められない場合には、登記官が職権で当該措置を終了させるとされている。
しかし、登記官がそのような職権発動を行うまでには相当の時間を要することが予想されることから、そのような仕組みだけでは、迅速に被害者の権利救済をはかることは困難である。 - 以上のように、本省令が定める手続のみでは、被害者にとって、過大な負担となったり、迅速な権利救済がはかれなくなってしまうことが容易に想定されるのである。
- 商業登記における代表取締役等の住所は、会社に事務所や営業所がない場合の普通裁判籍を決する基準であったり、本店所在地への送達が不能となった場合の送達場所となったりするほか、代表取締役等に対する損害賠償請求等の責任追及を行う場合の当事者の特定や書類の送付に必要な情報である。
- 新たな制度の創設及び制度運用への提言
そこで、当会は、以下のとおり、新たな制度の創設を求めるとともに、制度運用に対する通達の発出などを求めるものである。
- 職務上請求制度の創設について
当会は、代表取締役等の住所の一部を非表示とする措置がなされた場合においても、弁護士または弁護士法人が、その職務として受任事件または事務に関する業務を遂行するために必要な範囲で、迅速に代表取締役等の住所情報の開示を求めることができる職務上請求制度の創設を求める。
弁護士による職務上請求制度は、商業登記よりもプライバシー情報の量が多い戸籍や住民票について従前から認められている実績のある制度である(戸籍法第10条の2及び住民基本台帳法第12条の3)。そして、弁護士または弁護士法人は懲戒手続(弁護士法第56条)に裏付けられた法制度上の倫理規律に服しているのであり、職務上請求を認めても、事件等の処理に必要な範囲を超えて、代表取締役等の住所情報の開示を求めることはなく、代表取締役等のプライバシーが必要以上に侵害されるものではないし、制度濫用のおそれもない。 - 制度運用への提言について
当会は、本省令の施行にあたっては、登記の附属書類の閲覧を申請できる「利害関係」を有する者につき(商業登記規則第21条第2項第3号)、柔軟に解する運用を図るため、通達の発出などを求める。
- 職務上請求制度の創設について
- 終わりに
本省令によって詐欺商法の被害者が権利救済を阻まれるようなことは、決してあってはならない。被害者の権利救済のために代表取締役等の住所情報が必要な場合への十分な配慮が必要である。
以上
2024年(令和6年)9月26日
富山県弁護士会 会長 浦 田 秀 幸