決議文・意見書・会長声明
生活保護の利用を妨げる「生活保護法の一部を改正する法律案」の廃案を求める会長声明
2013.10.30
先の第183回国会(常会)で廃案となった生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)が、本年10月17日、第185回国会(臨時会)に再提出されたところ、改正案には、以下のとおり、看過しがたい重大な問題がある。
まず、現行生活保護法(以下「現行法」という。)は、保護の申請について書面を要求しておらず、口頭による保護申請も認められるとする確立した裁判例(大阪高裁2001(平成13)年10月19日判決など)もあり、また、申請の際に、要否判定に必要な書類の提出も要求していない。
他方、改正案は、24条1項において、生活保護の申請は、「要保護者の資産及び収入の状況」その他「厚生労働省令で定める事項」を記載した申請書の提出をもってしなければならないとし、さらに、同条2項において、申請書に「厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」として、保護の要否判定に必要な書類の添付までをも要求している。
これでは、これまで違法とされてきた添付書類の不備等を理由として申請を受け付けないという、いわゆる「水際作戦」による取り扱いを追認し合法化することになってしまう。 生活保護の申請のため福祉事務所を訪れる人の中には、配偶者の暴力から逃れてきた人や、住居がなく路上生活をしている人など、切迫した事情を抱えている人たちも少なくない。このような人たちに、詳細な申請書の記載や添付書類の提出を求めることは、極めて困難な場合が多く、したがって、保護申請権の行使に著しい制限を加えるものとなってしまう。
次に、改正案は、24条8項において、あらかじめ、保護の実施機関に対し、厚生労働省令で定める事項について、扶養義務者に通知することを義務付けるとともに、28条2項において、保護の実施機関が保護の決定等にあたって、要保護者の扶養義務者等に対して、報告を求めることができるとしている。
しかし、現行法下においても、要保護者が、扶養義務者への通知により生じる親族間のあつれきやスティグマ(恥の烙印)をおそれて、申請を断念することが少なくない。
改正案によって扶養義務者に対する通知が義務化され、また、保護の実施機関の調査権限が強化されることになると、要保護者の保護申請に対し、一層萎縮効果を及ぼすことは明らかである。
なお、国連の社会権規約委員会は、本年5月17日、日本政府に対して、「生活保護の申請手続を簡素化し、かつ申請者が尊厳をもって扱われることを確保するための措置をとるよう、締約国に対して求める。委員会はまた、生活保護につきまとうスティグマを解消する目的で、締約国が住民の教育を行なうよう勧告する。」としているところ(同日付国連社会権規約委員会の総括所見、日本語訳: 社会権規約NGOレポート連絡会議)、本改正案はこの勧告を無視するものであり、この意味でも問題は大きい。
仮に、今回の改正案が成立し施行されれば、生活保護の申請が一層抑制され、先進国中で異常に低い状況にある我が国における生活保護の捕捉率(制度の利用資格のある者のうち、現に利用できている者が占める割合)がさらに低下し、本来生活保護制度によって救済されるべき者の自殺、餓死、孤立死等、多くの悲劇を招くおそれがある。
このような事態は、生存権を保障している憲法25条を空文化させるものであって、到底容認することができない。
よって、当会は、改正案の廃案を強く求めるものである。
2013(平成25)年10月30日
富山県弁護士会 会 長 藤 井 輝 明