決議文・意見書・会長声明

法律事務所への捜索等についての損害賠償請求事件判決に対する会長声明

2022.10.04

  1.  2022(令和4)年7月29日、東京地方裁判所は、東京地方検察庁の検察官らによる法律事務所に対する捜索等(以下「本件捜索」という。)が違法であるとの判決を言い渡した。
     検察官らは、2020(令和2)年1月29日、ある被疑者の刑事被疑事件について、それと関連する事件の弁護人であった弁護士ら(以下「元弁護人ら」という。)の法律事務所を訪れ、元弁護人らが刑事訴訟法105条に基づく押収拒絶権を行使し、その前提として同事務所への立入り、捜索及び押収を拒絶する旨を伝えたにもかかわらず、裏口ドアを解錠して法律事務所に立ち入り、再三の退去要請を無視して長時間に渡り滞留し、同事務所内のドアのカギを破壊し、事件記録等が保管されているキャビネットの引出しを開け、事件記録等が保管されている元弁護人らの執務室内をビデオ撮影するなどの捜索を行った。本訴訟は、本件捜索が違法であるとして、元弁護人らが国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めたものである。
  2.  本判決は、本件捜索が、刑事訴訟法の令状主義の規定や押収拒絶権の趣旨に違反する不適法なものであったと判断した。
     第1に、元弁護人らがすでに裁判所に提出していた記録については、検察官が閲覧・謄写し得たため、押収拒絶権が保護する秘密保持の利益は失われていたが、そもそもこれらを差し押さえるために捜索を実施することが必要であったとはいえず、これらの捜索は令状主義に違反して許されないとした。
     第2に、裁判所に提出していない記録については、捜索の必要がないか、押収拒絶権の対象となるとした。
    この判断にあたり本判決は、押収拒絶権の保障が及ぶ範囲について次のように述べている。すなわち、押収拒絶権を行使できる「秘密」とは、その性質上客観的に秘密であるものに限られず、委託者と弁護士との間の委託の趣旨において秘密とされたものも含まれる。委託の趣旨において秘密とされたものにあたるかどうかの判断は、第一次的には委託者から委託を受けた弁護士に委ねられるものであって、弁護士が秘密に関するものであるとして押収拒絶権を行使したときは、それが上記の意味における秘密にあたらないことが外形上明白な場合でなければ捜査機関においてもその秘密性を否定することはできないと解される。本件で捜索の対象となった記録等のうち、法律事務所への来訪者が同事務所に残置した物については、同事務所又は同事務所の所属弁護士が、当該来訪者との間の委託関係に類似した関係に基づいて保管し、又は所持する物として押収拒絶権の保障が及ぶ。
     第3に、本判決は、弁護士が押収拒絶権を適法に行使したときは、その対象となった捜索差押許可状記載の「差し押さえるべき物」の捜索も許されなくなり、捜索すべき場所に立ち入ることも許されなくなるとした。
  3.  当会は、本件捜索について、2020(令和2)年3月25日に「法律事務所に対する捜索に抗議する会長声明」(以下、「2020年声明」という。)を発出している。
     この声明で当会は、本件捜索が、「犯罪を捜査するについて必要があるとき」(刑事訴訟法218条1項)という要件を満たさず、令状主義に反し違法であることを述べるとともに、「正当な理由」なく発せられた可能性のある令状に基づく捜索として憲法35条に違反するおそれもあることを指摘した。
     また、2020年声明は、憲法34条及び37条3項が弁護人の実質的な援助を受ける権利を保障していることから、弁護人と被告人との間の意思疎通や防御の内容は捜査機関に対し絶対的に秘匿されなければならないと述べ、したがって弁護人(辞任後の元弁護人を含む。この段落において同じ。)の事務所に対する捜索・押収が許される場合があるとしても、それは弁護人と被告人との意思疎通が客観的に明らかに犯罪行為に該当する等の極めて例外的な場合(本判決の文言に即していえば、委託関係又はこれに類似した関係の実質を欠く場合ということになろう。)に限られるべきであり、本件捜索がそのような例外的な場合に該当しないことが明らかであり違法であると指摘している。
     本判決は、本件捜索を違法とした点のほか、2020年声明で詳細に述べた憲法上の権利及び憲法に由来する権利を守るという観点からも、高く評価することができる。
  4.  他方で、本判決は、本件捜索当時において、押収拒絶権の保障範囲について本判決が示した法令解釈が相当であることを明確に指摘した文献や裁判例が存在しなかったことから、検察官らが「法令の調査において職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものということはできず」「残置物の捜索・差押えを目的として本件各行為を行ったことが法令に違反するとは認められない」とした。
     しかし、このように本判決が国家賠償法上の違法性を否定した点は、疑問である。
     上述のとおり、憲法に由来する押収拒絶権及び令状主義の制度趣旨並びに本件捜索の経緯を踏まえれば、検察官らは、たとえ文献や裁判例が存在しなかったとしても、本件捜索を行うことができるとの判断が誤っていることを当然認識し得べきものである。また、本判決においては、検察官が立脚した見解に沿う先例や文献等の存在が問われるべきであった(最高裁第一小法廷令和4年9月8日判決参照)。
     したがって、本判決は、本件において検察官らが職務上尽くすべき注意義務を尽したということはできず、本件捜索が国家賠償法上も違法であると判断すべきであった。
  5.  もっとも、本判決が言い渡されたことにより、押収拒絶権が行使された場合に検察官らが法律事務所を捜索する行為が違法であることが明らかになった。今後、同様の違法捜索が行われた場合は、「法令の調査において職務上尽くすべき注意義務を怠ったもの」として国家賠償法上違法と評価され、損害賠償義務も生じることになると考えられる。
     本判決を受け、当会は改めて、捜査機関に対しては、違法な本件捜索に抗議し、同様の行為が繰り返されることのないよう強く求めるとともに、裁判所に対しては、令状審査や違法捜査是正の契機となる国家賠償訴訟を含む、刑事手続に関するあらゆる場面で、憲法上の権利の重要性を踏まえた対応を求めるものである。
  6. 以 上

    2022(令和4)年10月3日
    富山県弁護士会 会 長  坂 本 義 夫