決議文・意見書・会長声明

安倍晋三元首相の国葬に際して国民に弔意を強制しないよう要請する会長声明

2022.09.22

第1 声明の趣旨

安倍晋三元首相国葬に際して、政府や地方自治体、教育委員会が、公務員を含む国民に黙とうを促すなど弔意の表明を事実上強制する措置を講じないよう要請する。

第2 声明の理由

  1.  岸田内閣は2022年7月22日、安倍晋三元首相の国葬を9月27日に執り行うことを閣議決定した。岸田内閣の説明によれば、この国葬は「故人に対する敬意と弔意を国全体として表す儀式」だとされている。
     参議院議員選挙の街頭演説の最中に銃撃に遭って死亡した安倍元首相に対する国民の思いは様々であり、その政治活動や業績の評価もまた分かれるが、そうした感情的・政治的な賛否は措いて、憲法の観点から国葬の法的是非が検討されなければならない。
  2.  戦前・戦中の明治憲法下では、勅令の「国葬令」(1926年公布)が存在し、皇族と「国家に偉功がある者」について国葬が行われてきたが、この「国葬令」は、日本国憲法に不適合なものとして憲法施行時(1947年)に失効している。戦後、唯一例外的に吉田茂元首相の国葬が1967年に行われたが、当時の蔵相は、国葬の法令上の根拠がないことを認め、何らかの基準を作っておく必要があると国会で答弁している。それ以降、内閣法制局の見解等に従い、歴代の首相経験者の国葬はなく、衆議院葬や内閣・自民党合同葬等の形式で行われてきている。「国葬令」の失効後、これに代わる立法化は検討されず、国葬について直接定めた法令は存在しない。
     今般、岸田内閣は、内閣府設置法4条3項33号にいう「国の儀式」として閣議決定により実施できるとの見解を示しているが、国葬がこれに該当するか否かにつき疑念が指摘されている。岸田内閣は、法律上の根拠につき国民に対して十分に説明をするべきである。
  3.  また、国葬は、故人の葬儀を国が主宰し、その費用に国費を充てるものであるところ、岸田内閣は、国葬の費用を一般予算の予備費から支出するとしているが、その費用の項目内訳や金額について事前の説明が不十分である。
     報道によれば、国葬には16億6000万円もの多額の費用を要するとされているが、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」として財政民主主義を保障する憲法83条の趣旨に照らせば、こうした多額の支出につき、少なくとも国会での議決を経ることが望まれる。それにもかかわらず、閣議決定のみで国葬を執り行い、かつそのために多額の費用を支出することは、財政民主主義の精神に反するとの批判を免れない。
  4.  さらに、「故人に対する敬意と弔意を国全体として表す儀式」を国の名で行うとき、強く危惧されるのは、国民がその意に反して敬意・弔意の表明を余儀なくされることにならないかである。敬意・弔意の表明は本来、個人の自由であって、国としてはその自由を最大限に尊重しなければならない。もとより、敬意・弔意の表明を強制することは国民の内心の自由を圧迫し、憲法19条が保障する思想・良心の自由を侵害するものである。このことは、公権力の主体である国または地方自治体が、公務員に対して強制する場合も同様である。その他にも、敬意・弔意を表明するか否かを問うこと自体、憲法19条が保障する「沈黙の自由」を侵害するおそれがある。
     本年8月31日の記者会見で岸田首相は、「国民一人ひとりに弔意の表明は強制しない。閣議了解は行わず、地方公共団体や教育委員会などの関係機関に対する要望も行う予定はない」と述べた。しかし他方で、同日、葬儀委員長(岸田首相)名で「国葬儀の当日には、哀悼の意を表するため、各府省においては、弔旗を掲揚するとともに、葬儀中の一定時刻に黙とうすることとする」との決定を行っている。
     こうした決定があれば、国葬の実施により、弔意を示すことが当然であるかのような雰囲気が醸成され、事実上の強制が生じないかが深刻に懸念される。実際のところ、1967年の吉田元首相の国葬の際には、歌舞音曲を伴う行事の差し控えやテレビ・ラジオの娯楽番組の放送中止等があり、全国各地でサイレンが鳴らされ、学校や職場で黙とうが事実上強要される状況がみられた。
  5.  以上、岸田内閣が行おうとしている安倍元首相の国葬は、法律上の根拠につき十分説明がなされたとはいえず、財政立憲主義の精神に反するものであるうえ、憲法19条が保障する思想・良心の自由や沈黙の自由を侵害する懸念が強い。
     よって、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする弁護士により構成される当会は、安倍元首相の国葬に際して、政府や地方自治体、教育委員会が、公務員を含む国民に黙とうを促すなど弔意の表明を事実上強制する措置を講じないよう要請する。
  6. 以 上

    2022(令和4)年9月22日
    富山県弁護士会 会 長  坂 本 義 夫