決議文・意見書・会長声明
富山県警察による違法捜査に抗議し再発防止を求める会長声明
2020.06.09
1 富山県警察による違法逮捕と裁判所による勾留請求却下等の経緯
富山県警察所属の捜査官は,本年4月ころに富山市内でベトナム人技能実習生(以下「被害者」という。)の死体を遺棄したとして,本年5月11日,被疑者を通常逮捕した。
富山地方検察庁の検察官は,同月13日,富山簡易裁判所に対し,上記被疑事実により被疑者の勾留を請求した。同裁判所の裁判官は,同日,検察官による勾留請求を受けて,被疑者を10日間勾留する旨の決定をした。さらに,同月22日,同検察庁の検察官による請求を受けて,同裁判所の裁判官は,勾留期間をさらに10日間延長する旨の決定をした。
しかし,富山県警察本部及び富山中央警察署(以下「富山中央警察署等」という。) 所属の捜査官は,同月11日の通常逮捕に先立ち,捜査官が手配したホテルに6夜にわたって被疑者を宿泊させ,その間,被疑者が宿泊するホテルの部屋の前に常に張り込んで被疑者の動静を監視し,被疑者が警察署とホテルを往復する際に付き添うなどの行為に及び,この間,おおむね午前中から夜間に至るまでの長時間にわたって取調べを行っていた。取調べ時に被疑者がトイレを使用した際にはドアの高窓から覗いて様子を見ることもあった。
弁護人は,同月26日,上記の捜査方法が違法である旨主張し,上記勾留決定及び勾留期間延長決定に対して,富山地方裁判所に準抗告を申し立てた。
同裁判所は,同日,同準抗告審において,「連日,捜査官に監視されているホテルに宿泊し,そのホテルに捜査官が迎えに来て警察署に連れていかれ,長時間取調べを受け,休憩時間も常に捜査官が付近にいた上,またホテルに戻り監視されるという環境に置かれていた被疑者において,任意同行を拒もうと思えば拒むことができ,途中から帰ろうと思えば帰ることができた状況にあったとは到底いえず,かかる状況は実質的に逮捕と同視し得る。」として,遅くとも同月5日に捜査官が手配したホテルに宿泊させて監視を始めたころから実質的には逮捕状によらない違法な逮捕であったと判断した。そして,実質的な逮捕の時点から計算すると勾留請求には制限時間不遵守の重大な違法があるから被疑者の勾留自体が違法であると断じ,その勾留期間の延長請求も却下すべきであるとして,富山簡易裁判所の上記勾留決定及び勾留期間延長決定を取り消し,富山地方検察庁の検察官による死体遺棄の被疑事実に基づく勾留請求及び勾留期間延長請求をいずれも却下した。
富山中央警察署等は,上記準抗告審の判断がなされた時点で被疑者を直ちに釈放しなければならなかったのに,被疑者の身体拘束を継続した。翌5月27日未明には,一旦被疑者を釈放したものの,改めて,殺人の被疑事実に基づき被疑者を通常逮捕した。富山地方検察庁の検察官は,同月29日,富山簡易裁判所に対し,殺人の被疑事実に基づく勾留を請求したが,同裁判所の裁判官は,同日,この勾留請求を却下した。富山地方検察庁の検察官は,この決定を不服として,同日,富山地方裁判所に対し,準抗告を申し立てた。
翌5月30日,同裁判所は,同月5日から同月10日までの期間中における取調べが「専ら死体遺棄の被疑事実について行われたとはいえず,同月5日の実質的な逮捕の被疑事実には,本件被疑事実である殺人も含まれていた」と評価し,殺人の被疑事実についても「遅くとも,同月5日の聴取後にホテルで被疑者の監視を始めた時点から,実質的には逮捕状によらない違法な逮捕がされた」と判断した。そして,実質的な逮捕の時点から計算して勾留請求までにおける制限時間不遵守の違法を認めた。さらに,5月27日の令状に基づく逮捕については,「先行する手続の違法性が重大であることからすれば,司法の廉潔性や違法捜査抑止の観点に照らして,本件(殺人の)被疑事実による逮捕は違法な再逮捕として許されないと言わざるを得ない。」と断じた上で,殺人の被疑事実での勾留請求には制限時間不遵守の重大な違法があるとして,検察官による準抗告を棄却した。
この結果,被疑者は,殺人罪で逮捕はされたが,勾留はされないという異例の事態となった。
2 憲法33条等に違反する重大な違法と人権侵害
日本国憲法33条は,「何人も,現行犯として逮捕される場合を除いては,権限を有する司法官憲が発し,且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ,逮捕されない。」と規定し,裁判官が発付した令状なく逮捕することを厳に禁じている(不法な逮捕からの自由,令状主義の原則)。憲法33条は,不法な逮捕を防止するため,逮捕の理由を明らかにし,かつ,逮捕の必要性につき,事前に公正な第三者の判断を仰ぐべきものとして令状主義の原則を定めているのである。そして,憲法の規定を受け,刑事訴訟法は,逮捕状発付の要件や逮捕の制限時間等を詳細に定め,捜査機関等に厳格に遵守するよう求めている。
捜査機関は,捜査の必要があるときは,被疑者に対して任意同行を求め,同人の取調べをすることができる(刑事訴訟法198条1項)。しかし,被疑者が形式的に承諾さえすれば,「任意」の名の下にいかなる同行・取調べも許されるわけではない。被疑者の身体や行動の自由に対する制約が実質的に身体拘束にあたる程度のものと評価される場合には,もはや「任意」の同行・取調べとはいえず実質的には逮捕と評価され,裁判所が発付する令状がなければ憲法33条及び刑事訴訟法に違反する逮捕となる。
本件で富山中央警察署等の捜査官は,5月5日に被疑者を実質的に逮捕し,同月11日までの約6日間令状なく被疑者を拘束して取調べを続けたのである。このような捜査は,憲法33条及び刑事訴訟法に違反し,令状主義の精神を没却する重大な人権侵害行為であり,重大な違法捜査である。
なお,捜査機関には,昨年6月より,裁判員裁判対象事件等について,逮捕・勾留中の被疑者の取調べにおいて,原則として,取調べの全過程の録音・録画の実施が義務付けられている(刑事訴訟法301条の2第4項)。本件で富山中央警察署等の捜査官は,実質的な逮捕後の取調べにおいて録音・録画を行っていない。殺人の被疑事実について,法の定める手続によらず「任意」とは名ばかりの違法な逮捕を行った上,取調べを行うことは,取調べの録音・録画義務を潜脱するものでもある。
その他にも,憲法34条及び刑事訴訟法は,捜査官に対し,逮捕した被疑者に弁護人選任権を告知することを義務づけているところ,「任意」とは名ばかりの違法な逮捕によって,この弁護人選任権の告知義務をも潜脱することとなる。
3 抗議及び要請
今回行われた捜査は,憲法及び刑事訴訟法が定める令状主義の原則等の厳格な制限を無視し,被疑者の人権を侵害する違法行為であり,到底許容することができない。被疑者の身体を違法に拘束する捜査手法に対しては,これまで数多の裁判例において警鐘が鳴らされてきたところであるが,今日においてもなお富山中央警察署等の捜査官がこのような捜査方法をとったことについて,大きな驚きと強い憤りを禁じ得ない。
当会は,富山県警察及び警察捜査を指揮すべき富山地方検察庁に対し,今回行われた違法捜査に厳重に抗議する。
また,当会は,富山県警察及び警察捜査を指揮すべき富山地方検察庁に対し,裁判所によって認定された違法捜査の事実を厳粛に受け止め,関係者に対する厳正な調査を行った上で事実を糾明し,厳正な処分を行うことを求める。そして,今後,二度と違法な捜査が行われないよう,捜査に関する法令及び裁判例の教育を徹底するなどして捜査官一人ひとりに憲法及び法律に基づいて自らの権力が授権されていることの自覚を促し,再発防止に努め違法捜査を根絶するよう強く要請する。
以 上
2020(令和2)年6月9日
富山県弁護士会 会 長 西 川 浩 夫