北日本新聞掲載『くらしの法律Q&A』
敷金一部しか返さない特約は有効?-消費者契約法で無効も
2021.06.12
北日本新聞掲載 2021年6月12日
執筆者:水谷敏彦弁護士
アパートを引き払う際、敷金30万円(家賃月額5万円の6カ月分)の返還を求めました。大家さんは賃貸契約書に「敷金のうち15万円は部屋の現状回復費用に充てる」という規定があるから半額だけ返すと言います。部屋を汚したり傷つけたりしていないのに、全額は返してもらえないのでしょうか。
未払い賃料や修繕費用など借り主の債務を担保するために借り主が貸主に渡す金銭は敷金と呼ばれています。この敷金は、賃貸借の終了時に債務が残っていればそれに充てられますが、残っていなければ、借り主に返還されるべきものです。経年劣化で通常使用に伴う汚れや傷み(通常損耗や自然損耗)が生じるのは織り込み済みのはずですから、その回復費用は本来は貸主が負担するのが筋道です。
もっとも、通常損耗や自然損耗に敷金を充てるという特別の合意(敷引(しきびき)特約(とくやく))がただちに無効だとはいえません。賃料が安かったり、契約終了時の紛争予防のためだったり、さまざまな事情が考えられ、当事者の合意を尊重して効力を認めてもよいからです。
ただし、消費者と事業者との契約には、消費者契約法が適用されます。その10条では「消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する条項」(前段要件)で、かつ「消費者の利益を一方的に害するもの」(後段要件)は無効だと規定しています。消費者を救済するこの10条によって敷引特約の効力を否定できる可能性があります。
あなたは消費者であり、大家さんは事業者でしょうから、消費者契約法は適用されると考えられます。本来は返還されるべき敷金の一部分を返さないという敷引特約が前段要件を満たすことも間違いないでしょう。
判断が難しいのは後段要件です。最高裁の裁判例は「通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等の他の一時金の授受の有無及びその額に照らし、敷引金(敷金から差し引かれる額)が高額に過ぎると評価すべきものである場合」は10条により原則無効だという基準を打ち出しています。その事例では、敷引金が月額賃料の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることなどを理由に特約を有効としました。
あなたの場合、敷引金(15万円)は家賃月額の3倍とのことですが、家賃と敷引金の額を単純に比較するだけでは無効とはいえないかもしれません。他の事情も考慮する必要があるので、早めに弁護士に相談することをお勧めします。