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公判前整理手続マニュアル

Q6−1 裁判員裁判をにらんで検察官請求書証に対する意見の述べ方として変わってくると考えられる点はありますか。

1 従前の刑事裁判手続においては、検察官の請求証拠に対しては、単純に同意・不同意の意見を述べ、不同意書証において立証予定の事実については検察官が証人尋問請求し、これを行うというのが一般的でした。
    ところで、裁判員裁判制度では、裁判員の負担を考慮して連日開廷が予定されており、集中した証拠調べが行われ、公判廷で心証をとり、公判廷外で調書を読む機会が減少していくことになります。また、裁判員は、刑事訴訟法上の予断排除や悪性格証拠の排除の法則に対して意識的ではありません。 そこで、裁判員制度の実施を機に、直接主義・口頭主義の実質化や供述調書の問題性を考慮して、証拠意見の述べ方を考えていく必要があります。
  2 検察官請求証拠に対する意見で変えていかなくてはならないと思われる部分について,以下に概観してみることにします。
(1) 供述調書等について
供述調書は問答式ではなく一人称の物語式で作成されており、捜査官の主観・意図が反映されたものです。この点は、従来から問題となっていたことですが、裁判員が供述調書を読んだ(あるいは朗読されるのを聞いた)場合、職業裁判官と比べて、供述人が供述調書に記載されたとおり供述したかのように誤解するおそれが大きくなります。
従って、供述調書の取調請求に同意することには、従来よりも大きな事実認定上の危険を孕んでいます。
また、大量の供述調書を法廷外で裁判官が熟読して心証を形成していた調書裁判は、公判での心証形成を中心とする裁判員裁判には馴染むものではありません。
従って、争いのある事件においては、従来にもまして、被告人に有利になることが明らかな例外的な証拠を除いて同意しないという方向性を念頭に置いて弁護活動がなされなければならないものと考えられます。また、供述調書以外の証拠書類についても、そのまま取調べられることによって裁判員がどのような印象を受けるか、本来は証人尋問によって立証すべきものか否かという観点から、同意・不同意の意見を検討することになるでしょう。
(2) 一部不同意について
  前述のとおり、争いのない事件、争いのない部分についても、調書による心証形成には危険が孕んでいる点は否定できません。
そこで、従来は一部不同意によっていた争いのない事実(勿論検察官の立証責任を免除するものではありませんが)についても、不同意として証人による立証を求めるか、合意書面(法327)の活用(Q6−2参照)によることが十分に検討されて良いと思われます。
(3)被告人の供述調書(=乙号証)についての証拠意見について
被告人の供述調書(以下、単に「乙号証」といいます)にも、先に述べた供述調書の問題点があてはまります。
従来は、乙号証を不同意としても、任意性を積極的に争わない場合は、法322条1項の書面として採用・取調べられていました。
しかし、公判中心主義の観点からすれば、法廷で裁判員が心証を形成することが困難であり、また、法廷で被告人の生の供述を聞くことができるのであれば、乙号証を証拠として取調べる必要性は、従来よりは希薄となります。
そこで、乙号証の意見を不同意・必要性なしとし、採否を保留した状態で公判前整理手続を終え、被告人質問を先行して行い、乙号証の不採用を求めることが考えられます。被告人質問において、乙号証記載の事実と大筋で同一の事実関係が公判に顕出されれば乙号証を取調べる必要がないというものです。被告人質問において被告人の従前の供述との不一致供述等がでてきた場合には,信用性を弾劾する必要があれば、法328条の弾劾証拠として提出すべきとする扱いになります。実際にも裁判員制度をにらんで、原則として乙号証の取調に先行して被告人質問が行われるという審理方法が普及しつつあり、注目すべきです。
ただし、このような取り扱いは、あらゆる場合にあてはまるわけではありません。例えば事実関係の重要部分において被告人が乙号証と異なる内容の公判供述をすることが予想される場合には、自白調書を犯罪事実の認定に使うことができる実質証拠とする必要性は否定できません。法328条の証拠としてでは、不利益供述の内容を立証できませんから、乙号証の取調を不必要とする取扱を全ての場合に一般化することができない点に留意する必要があります。
(4) 重複証拠や関連性に疑問のある証拠に対する意見
  証拠関係を裁判員に分かりやすくし、審理の迅速を図るため、検察官は保有する多数の証拠から厳選の上、証明すべき事実の立証に必要な限りで証拠請求することが必要ですが(規則189の2)、これまでの裁判においては、立証責任を根拠として手持ち証拠のうちで検察官に有利になる証拠(または被告人に特段有利にならない証拠)については、厳選せずに証拠請求されることが多く、裁判所も、検察官請求証拠については不必要に採用してきたきらいがあります。
  しかし、前述のとおり書証による立証を極力避け、犯罪事実の証明との関係で不必要な証拠が公判に顕出されないようにする必要があります。
  そこで、弁護人としては、検察官の証明予定事実中に犯罪事実の証明に不要な事実が含まれないようにするとともに、検察官の証明予定事実等と関連性の薄い証拠や他の証拠によって十分に証明可能な証拠については、要証事実との関係で必要性がない旨の意見を述べるのが相当であろうと思われます。