決議文・意見書・会長声明

特定商取引法及び預託法の書面交付義務の拙速な電子化に反対する会長声明

2021.02.25

  1.  特定商取引法(特定商取引に関する法律)及び預託法(特定商品等の預託等取引契約に関する法律)は、事業者に対し、概要書面、申込書面及び契約書面(以下、これらの概要書面、申込書面及び契約書面をあわせて「契約書面等」という。)を、契約締結の前後の時期に、現実の「書面」の形式により消費者に交付することを義務付けており、かかる「書面」の形式での契約書面等の交付は、消費者保護において重要な機能を有している。
     ところが、消費者庁は、一定の条件のもとに、契約書面等を電磁的方法により消費者に提供することを可能にする法改正を進めることを表明している。
     しかし、現実の「書面」の形式で交付される契約書面等の消費者保護における重要な機能に照らせば、契約書面等の電磁的方法による提供を可能とする法改正を拙速に進めることは相当とはいえない。
  2. (1) まず、特定商取引法について述べると、通信販売を除く同法の規定する各取引類型は、消費者が不意打ち的な勧誘を受けたり、利益を収受しうるとして仕組みの複雑な取引に勧誘されたり、効果の不明な役務についての長期の契約により高額の負担を伴うものであったりすることから、いずれも消費者トラブルを生じさせるおそれがある。そこで、同法は、かかるトラブル発生を防止するため、事業者に対し、消費者への契約書面等の交付を義務付けている。そして、この契約書面等の交付義務により、消費者が十分な情報の提供を受けたうえで契約について熟慮する機会が保障されていることは、消費者保護の観点から、きわめて重要な意義を持つ。特に、各取引類型において契約締結時に交付することが義務付けられている契約書面は、消費者に対してクーリング・オフの権利を告知するものであるとともに、クーリング・オフ期間の起算点を画するものとして、消費生活相談や裁判の実務上も、重要な機能を有している。
     そして、契約書面等を書面により交付することには、電磁的方法により提供する場合と比較して、書面を一覧することが容易で理解しやすいことや、証拠として容易に保存することができること、さらには、家族や見守りの業務に従事する者等の第三者が視認しやすいことなどの優れた点が認められる。
     このような契約書面等の交付義務の重要性と書面による交付の利点に鑑みれば、契約書面等を電磁的方法により提供することを認めるためには、電磁的方法による提供を認めるべき必然性や合理性が存する必要があり、さらに、電磁的方法による提供によっても、契約書面等の交付義務における消費者に十分な情報を提供する機能や、契約について熟慮する機会を保障する機能が損なわれないことが必要であると考えられる。
    (2) このことを、特定商取引法の規定する取引類型に即してみると、まず、訪問販売及び訪問購入については、顧客宅等への訪問時に紙の書面をその場で交付することが可能であるから、あえて電磁的方法による契約書面等の提供を認めるべき必然性や合理性は存しない。
     また、電話勧誘販売は、電話により不意打ち的な勧誘を行う攻撃性の高い契約類型であり、契約書面等による契約意思の確認や情報提供が確実になされることがより強く要請される取引類型である反面、勧誘自体は電話という電磁的方法以外の手段で行われることからすれば、書面交付のみを電磁的方法で行うべき必然性や合理性は存しない。
     そして、連鎖販売取引、特定継続的役務提供及び業務提供誘引販売取引は、ビジネスに不慣れな消費者が利益を収受しうるとして仕組みの複雑な取引に勧誘されるものであったり、効果の不明な役務についての長期の契約により消費者が高額の負担を伴うものであり、消費者が契約内容や提供される役務の内容を十分認識しないまま、あるいは誤解して契約をすること等により、不利益を受けることが特に多い取引類型である。このため、特定商取引法は、事業者に対して、概要書面と契約書面の2通の書面を別々に交付することを義務付けて、消費者に十分な情報を提供したうえで契約について熟慮する機会を確実に保障しようとしている。このような法の趣旨からすれば、これらの取引類型についても、少なくとも、勧誘、契約締結または履行のいずれかが対面で行われる場合には、書面交付を代替手段である電磁的方法による提供で代えるべき必然性や合理性は存しないというべきである。
    (3) さらに、勧誘等が対面型で行われるかオンライン型で行われるかを問わず、特定商取引法により消費者に交付されるべき契約書面等の交付を、電磁的方法による提供にて代替することにより、契約書面等の交付義務における消費者に十分な情報を提供する機能や、契約について熟慮する機会を保障する機能が損なわれることが強く懸念される。
     たとえば、スマートフォンの小さな画面で契約書面等の内容を確認するためには、画面のスクロールや拡大の操作によって積極的に探さなければ必要な情報を確認することができないが、どのような事項が記載されているかの予備知識がなければ、必要な契約条項を探し当てることは容易ではない。また、特定商取引法の書面交付義務においては、契約書面等の記載内容及び記載方法についても具体的に規定し、たとえばクーリング・オフについては、赤字・赤枠・8ポイント以上の活字により、無理由かつ無条件の解除権の要件と効果を具体的に記載しなければならないが、スマートフォンの画面でクーリング・オフの告知をする場合、8ポイント以上の活字の大きさを確保しつつ必要な記載事項を一覧させることは不可能である。仮に、PDFファイル等により書面として印刷できる設定であったとしても、そのような消費者の行為を介さないと書面の交付が完結しない仕組みでは、クーリング・オフの告知機能が十分に確保できるとはいえない。
     この点に関連して、消費者庁は、消費者の承諾を得た場合に限り、電磁的方法により契約書面等を交付することを可能にするとの方針を示している。しかし、仮に消費者に自らチェックをさせて承諾を得る方法を採用するとしても、契約書面等の交付により契約内容や権利を十分に認識する以前の段階における消費者の承諾によって、電磁的方法という不十分な代替手段による契約書面等の提供を認めることは、特定商取引法が、強行法規をもって事業者に一律に契約書面等の交付を義務付けて、消費者に対して確実な情報提供を行い、契約について熟慮する機会を与えようとした趣旨に反するものである。
     そしてさらに、契約書面等を電磁的方法により提供する場合には、消費者が提供された書面を容易に保存できるとは限らないうえに、これらの書面が家族や見守りの業務に従事する者等の第三者の目に触れにくくなり、消費者被害を未然に、あるいは被害が拡大する前に防止することができにくくなることや、これらの書面の内容等を消費生活相談担当者や弁護士などの消費者被害の予防や救済に携わる第三者が確認する際にも一定の困難を伴うおそれがあること(書面の提供の有無、提供の時期、提供された内容、さらには消費者の承諾の有無に争いが生じるおそれもある)も、無視できないところである。
  3.  次に、預託法は、その対象とする預託等取引契約には、預けておくだけで利益が出るといった顧客誘引力や、利益を捻出できる運用ができるか否か不明な取引破綻リスクが内在するものであり、消費者が不当な損害を被ることがあることから、特定商取引法に規定されている連鎖販売取引等と同様に、事業者に対して、概要書面と契約書面の2通の書面を別々に交付することを義務付けて、消費者に十分な情報を提供したうえで、契約について熟慮する機会を確実に保障しようとしている。このような法の趣旨と、この取引において紙の書面の交付が困難な場合が想定できないことからすれば、預託法の対象とする預託等取引契約においても、書面交付を代替手段である電磁的方法による提供で代えるべき必然性や合理性は存しないし、特定商取引法に規定される取引類型の場合と同様の弊害が認められる。
  4.  このように、特定商取引法及び預託法が事業者に交付を義務付けている契約書面等について、電磁的方法により提供することを可能にすることには、必然性や相当性が認められないし、また、看過し得ない弊害が認められる。
     よって、当会は、このような契約書面等の交付義務の電子化を認める法改正を、対象となる取引類型ごとの消費者被害の実情や、消費者被害の予防や救済の実務に即した十分な検討を行うことなく、拙速に進めることには反対である。

以 上

2021(令和3)年2月24日

富山県弁護士会 会 長 西 川 浩 夫