決議文・意見書・会長声明

日本学術会議会員候補者の任命拒否に対する会長声明

2020.10.30

菅義偉内閣総理大臣は、2020年10月1日から任期が始まる日本学術会議(以下「会議」という。)の会員について、会議から推薦された105名の候補者のうち6名を任命から除外した(これを以下「任命拒否」という。)。この任命拒否の理由について、政府側は、「総合的、俯瞰的観点」といった曖昧な説明を繰り返すだけで、現在まで具体的な理由は示していない。

会議は、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」(日本学術会議法前文)て設立された。そして、会議は、「わが国の科学者の内外に対する代表機関」(日本学術会議法2条)として「独立して」職務を行うべきことが同法3条に明定されている。

会議の会員の選出方法については、1983年の日本学術会議法改正(以下「本件法改正」という。)によって、従来の公選制が廃止され、会議が推薦する候補者を内閣総理大臣が任命する方法に変更された。そして、現在、同法の規定によれば、「優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより内閣総理大臣に推薦するもの」とされ(日本学術会議法17条)、内閣総理大臣は同会議の推薦に基づいて会員を任命する(同法7条2項)とされている。

本件法改正の際の国会審議の経過をみると、1983年5月10日の参議院文教委員会において、手塚康夫内閣総理大臣官房総務審議官(当時)が、「そこから210名出てくれば、これはそのまま総理大臣が任命するということでございまして、(中略)私どもは全くの形式的任命というふうに考えており」と答弁した。また、同年5月12日の同委員会では、中曽根康弘内閣総理大臣(当時)が、「政府が行うのは形式的任命にすぎません。」と答弁した。さらに、同年11月24日の同委員会においても、丹羽兵助総理府総務長官(国務大臣)(当時)が、「ただ形だけの推薦制であって、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁している。
 そして、本件法改正の際に内閣総理大臣による任命行為を新たに設けた理由については、前述の5月10日の参議院文教委員会において、高岡完治内閣総理大臣官房参事官(当時)が、「これは、従来の選挙制が今回の改正法案によりまして推薦制ということに変わるものですから、特別職国家公務員としての日本学術会議会員としての地位といいますか、法的な地位を獲得するためには、何らかの発令行為がどうしても法律上要ると、こういうことでございます。」と説明している。
 本件法改正により会議の会員の内閣総理大臣による任命制が導入されたのは、以上のような政府側の答弁を前提とした国会審議の結果である。

しかるに、報道によれば、今回の任命拒否に関して、政府側は、会議の会員は特別職の国家公務員であるから内閣総理大臣が任命しなければならないわけではなく、今回の任命拒否の件で日本学術会議法の解釈を変更したものではないと説明したとされる。
 しかし、このような政府側の説明が、前述した本件法改正の審議過程に反していることは明らかである。

行政府である内閣が解釈の範囲を逸脱して恣意的な法適用を行うとすれば、それは内閣による新たな法律の制定にほかならず、国権の最高機関たる国会の地位や権能を形骸化するものである。内閣提案の法案に関する立法・法改正時における政府側の説明が、その後の法解釈を一義的に拘束するとまではいえないにしても、今回の任命拒否の具体的な理由に関する説明を一切行わず、また、この件で日本学術会議法の解釈を変更したものではないと強弁する政府側の姿勢は、国会の機能を軽視し、ひいては三権分立上の問題にもなりうるものである。

また、報道によれば、今回任命を拒否された候補者の中には、安保法制や共謀罪創設などに反対を表明していた者も含まれているとされる。そして、政府が任命拒否についての具体的な説明を行わないため、それが政府の政策を批判したことによるのではないかとの疑念が生じている。学者個人の研究活動に対する直接の介入はなくても、このような疑念が生じる状況自体が、まさしく政府に批判的な研究活動に対する萎縮をもたらす。現に、多くの科学者や科学者団体が今回の任命拒否に抗議するとともに、萎縮効果に強い懸念を示していることからしても、今回の任命拒否及びこれに関する政府の一連の姿勢は、憲法23条が保障する学問の自由に対する重大な脅威となりかねない。
 報道によれば、政府側は、今回の任命拒否が、会議の会員が個人として有する学問の自由への侵害になるとは考えていないと述べたとされるが、かかる政府側の評価は正当でない。

しかも、憲法が保障する学問の自由は、学術機関が政治的な介入を受けず自律して活動することを保障し、その自律の中には構成員の人選に関する自律も含むと解される。まして、会議は、その役割の重要性ゆえ前述のとおり設置法自体に職務の独立性が明定されているのであるから、その人選に関する自律が強く保障されなくてはならない。
 前述の1983年5月10日の参議院文教委員会において、中曽根康弘内閣総理大臣(当時)は、「政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」と答弁した。ここで述べられているとおり、内閣総理大臣による会議の会員の任命が形式的行為であることと学問の自由の保障は密接に結びつくものである。そして、かかる関係は時間の推移により変わるものではあり得ない。

よって、当会は、今回の任命拒否が、三権分立上の問題となりうるものであり、また学問の自由への重大な脅威となりかねないものであることを憂慮し、内閣総理大臣に対し、速やかに6名の会議会員候補者を任命することを求めるものである。

以 上

2020(令和2)年10月28日

富山県弁護士会 会 長  西 川 浩 夫