決議文・意見書・会長声明

法律事務所に対する捜索に抗議する会長声明

2020.03.30

  1.  2020(令和2)年1月29日,東京地方検察庁の検察官らは,被告人カルロス・ゴーン氏の元弁護人らの法律事務所を訪れ,同氏の刑事事件に関する資料の捜索・差押えに臨んだ。
     検察官らは,元弁護人らが刑事訴訟法105条に基づく押収拒絶権を行使し,その前提として,同事務所への立入り,捜索及び押収を拒絶する旨を伝えたにもかかわらず,裏口ドアを解錠して同事務所に立入り,再三の退去要請を無視して長時間にわたり滞留し,同事務所内のドアの鍵を破壊し,事件記録等が保管されているキャビネットの引出しを開け,事件記録等が保管されている弁護士らの執務室内をビデオ撮影するなどした(以下,「本件捜索」という。)。
  2.  弁護士には,業務上委託を受けたため保管しまたは所持する物で他人の秘密に関するものについて押収を拒絶する権利(押収拒絶権)がある(刑事訴訟法222条1項,105条)。この権利は,依頼者の秘密を保護するにとどまらず,秘密を委託される業務及びその業務に対する社会一般の信頼をも保護するために付与されたものである。
     辞任後の元弁護人であっても,押収を拒絶できないとすれば,弁護人の業務に対する社会一般の信頼が損なわれることになるから,被告人等の弁護人と同様に,押収拒絶権が認められる。また,押収拒絶権の対象となるか否かの判断は、これを捜査機関に委ねてしまえば,捜索や押収が広く認められることとなり,事後的に裁判所が判断するとしても,業務に対する社会一般の信頼が失われることとなるから,押収拒絶権者に委ねられるべきである。
     押収拒絶権は,文字通り,捜査機関からの「押収」のみを「拒絶」するだけの権利ではない。もし,捜査機関が「押収」をしない限り,捜索をすることが許されるとすれば,業務上委託を受けた秘密が捜査機関に対して明らかとなり,押収拒絶権が保障された趣旨が没却されてしまうからである。
     したがって,秘密でないことが明白な場合などのごく限られた例外を除き,押収拒絶権の対象物であるかどうかの判断は,当該業務を任された弁護士に委ねられ,その結果,押収拒絶権は秘密に関する委託保管物全般に及ぶことになるとともに,弁護士によって押収拒絶権が行使された場合には,対象物を押収するための捜索も許されない。
     元弁護人らは,検察官らに対し,本件捜索の最初から最後まで終始,押収拒絶権を行使し捜索も拒絶する旨を伝えていたのであるから,本件捜索は,元弁護人らの押収拒絶権を侵害し違法であるばかりでなく,弁護士の業務を妨害するとともに,弁護士の業務に対する社会一般の信頼を毀損し,ひいては,最善の弁護活動を受けるべき被疑者・被告人の権利をも侵害するものである。
  3.  また,憲法35条1項は,「その住居,書類及び所持品について,侵入,捜索及び押収を受けることのない権利」を保障しており,憲法33条の場合を除いては,捜索に「正当な理由」を求めている。刑事訴訟法218条1項も,検察官らが犯罪の捜査をするにあたっては,「必要があるとき」でなければならないと定めている。
     元弁護人らは,2020(令和2)年1月8日になされようとした1度目の捜索の際に,東京地方検察庁の検察官に対し,押収拒絶権を行使し捜索を拒絶する旨を伝えている。そのため,検察官らは,本件捜索を行っても,必要な証拠の差押えを行うことができないことを認識していたはずである。実際に,検察官らが本件捜索により元弁護人らの法律事務所から押収したものは,押収前に元弁護人から既に入手済みの書類の原本だけであった。
     したがって,本件捜索は,「必要があるとき」にあたらず,刑事訴訟法218条1項に反する違法なものである。
     しかも,裁判所は,元弁護人らの法律事務所に対する捜索を行えば,押収拒絶権が行使されることは当然に予想される以上,捜索差押令状請求を審査するにあたって,捜査機関または元弁護人らに対して,押収拒絶権が行使されているかを確認する等の手続が必要であった。仮に,本件捜索にかかる捜索差押許可状を発付するにあたって,そのような手続をとっていないとすれば,「正当な理由」なく発せられた令状に基づく捜索として,憲法35条に違反するおそれがある。
     したがって,本件捜索は,そもそも「必要があるとき」に当たらないので,刑事訴訟法218条1項に違反するばかりか,「正当な理由」なく発せられた可能性のある令状に基づく捜索として,憲法35条に違反するおそれがある。
  4.  憲法34条及び37条3項は,被告人が弁護人を選任する権利にとどまらず,弁護人に相談し,その助言を受けるなど,弁護人の実質的な援助を受ける権利を保障しているところ,これを充足するためには,弁護人と被告人との間の意思疎通や防御の内容が捜査機関に対して絶対的に秘匿されなければならない。
     したがって,弁護人の事務所に対する捜索・押収は許されず,仮に許される場合があるとしても,弁護人と被告人との意思疎通が客観的に明らかに犯罪行為に該当する等の極めて例外的な場合に限られる。辞任後の元弁護人の事務所に対する捜索・押収についても同様であることは,押収拒絶権と同様である。
     本件捜索は,そのような極めて例外的な場合には該当しないため,当該担当事件にかかる元弁護人と被告人との間の意思疎通や防御の内容を秘匿する権利を侵害する。
  5.  このような違法行為を強行し,元弁護人らの法律事務所に数時間にわたり滞留してその設備を破壊した検察官らの行為は,刑事手続の一方当事者が他方当事者の権利を一方的に侵害するものであり,わが国の刑事司法の公正さを著しく損なうものでもある。
  6.  当会は,捜査機関に対し,違法な本件捜索に強く抗議し,同様の行為が繰り返されることのないよう強く求めるとともに,裁判所に対し,憲法上の権利の価値を踏まえた慎重な令状審査を求めるものである。
  7. 以 上

    2020(令和2)年3月25日

    富山県弁護士会 会 長  菊  賢 一